東京ちんも日記

生。社会。すべてが、てんこ。

東京ちんこ日記 犬の墓参りに行った話その2

  事務所に寄ったあとでその脇にある建物に入った。バラックのような簡単な作りではあったが外壁の色だけはベージュに塗り込めていてそれほどみすぼらしくは感じられなかった。

  安アパートの入り口のような薄い扉を開けるといきなり階段の踊り場めいた狭い空間であった。右手を見上げると短い階段をのぼった先の部屋に秋葉原や中野あたりでよく見かけるレンタルボックスが並んでいるかと思った。レコードジャケット大ほどの正方形のボックスが縦横に組まれていて、色とりどりの品物がそれぞれのボックスに所狭しと並べられていた。

  母に連れられて下の階への階段をくだると同じようなボックスが壁中に並んでいた。部屋の中央には仏壇めいたものがあった。よくよく見るとレンタルボックスはそれぞれのペットのために用意されたもので、どのボックスにも亡くなったペットの写真を中心に生前与えていたと思しきエサやら遊び道具のぬいぐるみやらがつめられているのだった。中にはコップに水さえ汲んで備えられているところさえあった。珍奇な眺めだった。

  部屋は換気が悪くどこか据えた臭いがした。仏壇にお参りした母に続いてぼくもお参りを済ませると、そこで母が塔婆を買った。仏壇の脇には小さな精霊船のもやい船があった。それにたくさんの塔婆がかけられていた。母も我が家の愛すべき亡犬のために塔婆を吊るした。それから船の木組みにたくさんのペット達へのメッセージが書いてある中に、母も一言書き添えた。ぼくもそれに続いた。
  他のペットへのメッセージが、一緒にいてくれてありがとうといった内容が主だったのに対し、母は亡犬に対し、よく生き抜いたねといった言葉を贈っていた。ぼくはそれを読んで目頭が熱くなるのを感じ涙がにじんだ。それで母と顔をあわせるのが恥ずかしくなって壁中に並んでいるボックスをいちいち見て回るふりをした。不自然でなく母に背を向けるにはそれよりいい方法が思いつかなかった。
  惜しくも鬼籍に入ってしまったペット達はそれぞれに若く元気なころの写真を飾られていた。どれも穏やかな幸福を感じているような良い表情をしていた(動物にだって表情がある)。備えられているおもちゃやエサはボックスによってまるきり違っていたが、とても丁寧に並べられている点はどこも共通していた。人間に対するお供えよりもずっと熱心に選択され、整列せられているように感じられるのが滑稽だった。
  ペットの写真やおもちゃと一緒に備えられていたエサだが、中には人間向きのお菓子、例えばベビースターラーメンなどが並べられているボックスもあった。またペット用のエサも、ペディグリーチャムなど定番化しているものの中に、「くるりん歯ードビスケット」(変換間違いではない)や、「一度は食べていただきたい粗挽きサラミ」(人間用かもしれない)といった変わり種もあった。