東京ちんも日記

生。社会。すべてが、てんこ。

人生に嫌気を感じた

 休み明けはナイーブになる。朝起きて、とても憂鬱だし、オフィスに出ても何度も会社から逃げ出したくなる。もっとも、そんな状態が自分本来の姿だとは思う。常に売上ノルマに終われ、取引先から無茶な仕事を要求され、上司から詰められ続けるような生活など、とても我慢できる人間ではなかった。

 しかし仕事ばかりの三年間の生活が、ぼくの感受性を確かにすり減らしたため、辛いときでもなんとか耐えられるようになった。今ではもう日に4時間くらいの残業は朝飯前だし、取引先や上司に責められても冷静でいられるようになった。どうも自分が人間から感情のないロボットめいたものへと変容しているような気がする。

 それでも、今日はきつかった。考えてはいけないことばかり考えてしまった。学生時代に友達と冗談めかしてよく言っていた「入獄」という言葉を思い出した。監獄の中で過ごすような、労働にまみれた40年間。自分の時間がなく、体が常に疲労に蝕まれ、精神的に追い詰められ続ける生活。ぼくはその真っ只中にいるのだ。

 仕事を始めたばかりのころはそんな仕事一辺倒の生活が心底いやになり、ノイローゼになりかけるほど頭の中で陰鬱な妄想がうずめくこともあった。でもそれはある意味では定年まで続くサラリーマン生活からの脱落にとても近い状態にいたので、辛くはありながらも、一抹の希望を感じてもいた。鬱病にでもなれば退職できるという考えが頭の中にあった。ぼくは自分がそんな考えをもっていることを打算的だと一面では思っていたが、本物の精神病になるということが、クソみたいな人生からの、ドラマチックで悲劇的な救いのように思われた。

 しかし今はかなり状況が変わってしまった。ぼくはもう精神病になることはできないだろう。それだけ自分自身を飼いならしてきた。なんとか耐えられる。

 ただ、耐えることができるようになってしまった今、この生き方から離脱するという可能性がほとんど失われてしまった。今の会社にいる限り、ぼくは決してノイローゼなんかにはならないだろう。厳しい労働は延々と続くが、ぼくはそれを涼しい顔をして我慢し続ける。ただ、今でも、かなり嫌気はさす。