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東京ちんこ倶楽部 〜哀しみのLast dance〜

生。社会。すべてが、ちんこ。

生命の危機が生じる領域での労働

会社の中での立場が、だんだんと上がってきた。これは、ぼくの能力が向上し、周りの同期から抜け出したいうわけではなく、同期も上司もどんどん会社を辞めていったため、いわば消去法で、今の地位まで押し上げられたのである。(もちろん、辞めていったのは同期や上司だけではなく、後輩も次々といなくなった)
会社に入ってからの数年間、耐え難い環境を、なんとかしのいできたという自覚はあった。周りの社員が次々と辞めていく中でも会社に残っているということは、くだらないことかもしれないし、ぼくの将来にとって間違った選択である可能性も大きいが、ある種奇妙な誇りのようなものも感じてはいた。なので、よほどのことがない限りは、まだ辞めないだろうと思っていたが、最近の状況は、肉体的、精神的な疲労がこれまで以上に激しく、突発的な死すら予感させるほどに切羽詰まったものとなっていて、恐怖を感じる。
若い者が死ぬとき、その原因の多くは自殺であるが、本当に死のうと決心して行動を起こすのではないようだ。疲労や苦しみからいっときでも逃れるために、ふとした瞬間に、思いがけず、足を踏み出してしまうのだと思う。その一歩は、例えば会社へ向かおうと家を出るときのように、彼らにとっては、ごく自然な一歩なのかもしれない。その一歩が引き寄せる結末を、想像する、考えることが、できなくなるのだろう。とても当たり前のことのように、少しでも楽になるために、進み出してしまうのだろうと思う。
ぼくが感じている恐怖は、そんなことが自分にも起こりえそうだという恐怖で、今はまだ正常な判断ができると「思っている」が、だんだんと、知らぬ間に、自分がまだ普通だと感じながら、危険な領域に入っていくのだろうと考えている。
仕事上のミスや、プライベートでの不合理な行動が、少しずつ増えている。おそらく、危険なレベルにまで、疲れがたまっている。でも、早めに帰れる日がなくなり、休日がなくなり、忙しさ、肉体的な疲労、精神的なストレスが一定のレベルを超えてしばらくしたころから、疲れを感じる能力が、失われてしまった。頭の中がずっと麻痺しているようで、仕事のことは考えることができても、自分の体調のことも含めて、仕事以外のことを考えることが、できなくなってきている。
幸いなことに、ぼくの疲労とストレスは、肉体にもあらわれてくる。朝起きられなくなったり、なにもしていないのに、手の甲や腕にミミズ腫れがあらわれたりする。そうした時にはじめて、目に見えるかたちで、自分自身の危機がわかる。
特にミミズ腫れの醜さはひどいものなので、精神にショックを与える効果が大きく、ぼくはパソコンの前でマウスを握る右手全体にあらわれたそれを見て、耐え難く恥ずかしくなり、またそれがあらわれた原因を考えてみると、相当にたまった疲労とストレスが思い当たった。