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東京ちんこ倶楽部 〜哀しみのLast dance〜

生。社会。すべてが、ちんこ。

逃げ場のない、牢獄のような社会だ

転職、もう仕事が耐えられそうになくなり、再度の、転職を、試みているが、どうにも、失望ばかりが、つのり、やりきれない。
就職活動のときから、ずっと感じている、この社会で幸せに生きるのが、とても難しそうだという感覚、社会人がみな、ぼくと同じ人間とは思えない、まるでエイリアンみたいに見える恐怖、そして、彼らに、自分の人生が搾取され続けるのではないかという危惧が、ぼくの精神を、ぎりぎりと、痛めつけている。
まともに、生きたいと、考えている。ぼくの考えるまともということは、少なくとも、毎日、定時と、せめて2時間くらいの残業で仕事を終えることができ、夜には、しっかり休め、本を読んだりなどできて、十分な睡眠がとれ、生命と精神の危機を感じることなく、生きていけるということなのだが、しかし、そのような、文明社会に生きる人間としてまっとうと思われるような願いさえ、かなえることができるのか、まるで、分からない。むしろ、20時までに帰れるというようなこと、つまり、残業が、恐らくは毎日3時間くらいで済みそうであるとか、そのようなことが、求人の際の「売り文句」になるくらい、この社会で、働くということは、長時間にわたる、会社や、業務や、ノルマへの忠誠が、当たり前になっているようである。
このままでは、文字通り、死んでしまう。このまま中年を迎えてしまっては、とても体がもたないだろうし、なにより、精神が、先に、おかしくなってしまう。
ただひたすらにノルマ達成を目指すたけの仕事に、なんの喜びもない。ノルマが達成できたとしても、それはいっときだけ重荷から開放され楽になっただけだし、ノルマが達成できなかったら、人格は、否定、罵詈雑言を浴びせられ、存在するのすら、つらくなるような、地獄。また、仕事でクリエイティビティとやらを発揮できたとしても、それは、あくまで、仕事という、人生の中の、人間の精神の中の、ごくごく矮小な部分での工夫にすぎず、ぼくの心を、少しも満たしてくれるものではない。結局求められるのは、奴隷のように電話をかけまくくり、営業し、社内で根回しをし、新しい商品とやらを出して、お金をもってくること、ただ、それだけ。残されるのは、満身創痍で、崩れかけた体と、灰にすすけた、腐りかけの精神だけ。そうして、人間の出来損ないが、出来上がる。ぼくは、人間の出来損ないになることを、求められている。
仕事で、取引先を喜ばそうと考えろ、取引先のためになることを考えろ、などを言われるが、そんなことができたところで、経済が回るのを早くし、人間達の滅亡を、早めるだけ。みんな金がほしくて、金のために取引先のために頑張っているけど、頑張れば頑張るだけ、仕事のことしか考えなくなり、人間としての心を失う。こうして、馬鹿な労働者、兼、消費者が、できあがる。企業は、長時間の労働で脳みそがおかしくなってしまった、馬鹿な消費者を慰めるためにくだらないがらくたを作り続け、消費者を、さらに馬鹿にし、結局人間は、仕事で時間を奪われ、くだらないガラクタに心を惑わされ、ますます馬鹿になり、最後には働くだけ、消費するだけの、動物以下の存在に成り下がり、世の中を、腐った獣の臭いで、満たしていく。臭い、臭い、社会だ。人間が生きる場所は、どこにあるのだろう。