東京ちんこ日記

生。社会。すべてが、ちんこ。

素敵なスゥツ

その日、ぼくはブルックス・ブラザァズ社のとても素敵なスゥツを着ていた。それは一見しただけでは取り立てて特徴のない、ノッチド・ラペルのなんの変哲もないスゥツだった。おそらく普通の女の子であれば、路傍のセイタカアワダチソウ適度にすら気にとめない。しかし美醜を峻別する訓練を経てきた子であれば、その長い歴史を経て完成された洗練されたフォルムや、上質なウゥルだけがもつ穏やかな光沢に賛嘆せずにはいられない、そんなスゥツだった。
ぼくにはその夜、取引先との会食の予定が入っていた。そんなことはぼくには初めてのことだった。3年半にわたる献身的な営業活動が評価され、初めて、そのようなかたちで実を結んだのだった。恵比寿の懐石料理屋で、取引先の上席も同席する予定だった。そこで、丸の内のブルックス・ブラザァズのフラッグシップ・ショップでこのスゥツを仕立ててもらったのだった。多少値は張ったが、1着もっていれば、どんな場所へ行くときでも困らないし、常日頃着倒すのでなければ、20年はもつ、どんなに時代が変わっても通用する、稀有な服だった。
しかし、その夕方、取引先の上席のダブル・ブッキングが発覚し、会食は、延期となってしまった。そして往往にしてあることだが、再び会食の予定がセットされることは、なかった。ぼくは会社から帰ると、すぐにスゥツを脱ぎ、カバァをかけて、そっとクロゥゼットの奥にしまった。そしてそれからそのスゥツに、袖を通すことは、なかった。