東京ちんも日記

生。社会。すべてが、てんこ。

素敵なスゥツ、そして、ホテル その1

「私のこと、都合のいい女だと、思ってる?」

彼女は言った。ぼくたちは地下鉄日比谷線の神谷町駅から地上に出て、日比谷通りを虎ノ門方面へ向けて歩いていた。ぼくたちは不幸にも8月いっぱいでの取り壊しが決定されたホテル・オォクラ(ホテル・オークラ)を目指していた。

「そんなこと、あるわけが、ないじゃないか。」

ぼくは言った。

「ただ、君と一緒に、ホテル・オォクラの最期を見届けて、2人で、素敵なフレンチ・トゥストを、食べたくなったんだよ。」

「………」

彼女はなにも答えなかった。ぼくはブルックス・ブラザァズの素敵なスゥツ(1)を着ていたが、彼女はブルゥジィンとスニィカァに、カァキ色のニットと(2)という、アクチブなスタイルをしていた。

「君は知らないだろうが(フレンチ・トゥストのことは有名だから知っているかもしれないが)、ホテル・オォクラは、とっても、よいホテルなんだ。別に、フレンチ・トゥストのついでに、君を食べようというわけじゃ、ないんだよ笑 純粋に、とっても文化的な空間に、素敵な女性と一緒に、身を置きたくなった、ただ、それだけのことなのさ」

ぼくらは別館の入り口からホテルから入った。"ホテル御三家"の一角を占めるオォクラの立て替えが決まったとニュゥスで知ったのは、一年ほども前のことだった。そのときからぼくは一度でいいから世界中の"VIP"に絶賛されてきたこのホテルを訪れてみたいと考えていた。

インタァネットの情報によると、ホテルの中でも取り立てて評価が高いのは本館のメインロビィとのことだった。だけどぼくは、とりあえず別館には入れたものの、どうやったら、そこまで行き着けばよいのか、よく分からなかった。

「あ、お手洗いがあるよ。きっと、この中も、素敵なはず。ちょっと入ってみよう」

「ここで待っているわ」

ぼくはお手洗いに入って考えてみたが、いくら考えてみても、どうやって本館へいけばいいのかは分からなかった。それはもちろん、ぼくがホテル・オォクラへ来たのはその日が初めてであったかただった(そして最後になるはずだった)。そこでぼくはホテルの従業員にどうすればロビィへたどり着けるのか聞いてみることを決心して用を足して、お手洗いを出た。手を洗うとき、ハンド・ソゥプの容器にも「HOTEL OKURA」と流麗な文字で書かれていて感心した。

お手洗いを出ると彼女がぽつねんとして1人で立っていた。そばへ寄ると、

「ねぇ、見て」

彼女は小さく指で示した。五七桐(3)のご紋が並んだ美しい壁の前で、着物を着た若い男女がスマァト・フォンで写真を撮りあっていた。

「あぁいうの、いやね、みみっちくて」

ぼくは美しいロビーで彼女の写真を撮って携帯電話の壁紙にできたらと考えていたのであるが、それはあきらめることにした。

「ロビィは、こっち」

彼女はエレベェタァに乗り込もうとした。ぼくはあわてて彼女の後について乗った。5階で降りて、彼女はすぐに左手へ降りた。少し廊下を歩くと、そこにはインタァネットで見た美しいロビィが目の前に広がっていた。

「…美しい(ぼくにはこう表現するのがやっとであった)。しかし、君、ずいぶん、詳しいね。」

「昔お父さんと泊まったことがあるのよ」

「ここのフレンチ・トォスト、おいしいわよね」

ぼくは愕然とした。彼女が、ホテル・オォクラでの宿泊経験がもてるほどの家の出身だとは、知らなかった。

「なんだかんだだけど、今日は誘ってくれてありがとう、うれしかった。私も実はもう一度ここのフレンチ・トゥスト食べたかったのだけど、もう予約は取れないと思って、あきらめていたの

()

「あっちよ」

彼女はぼくの前に立って迷い無くロビーを進んでいった。ぼくは美しいロビィを歩きながら、それを楽しむ余裕もなく、ただその後についていった。もちろん、ぼくは予約などとってはいなかった彼女によるとそれが必要な口ぶりであったが、本当のことなのだろうか。もしも、店に入れなかったら?ぼくの心内では混乱と焦りが生じていた。

ロビーの奥に、広い入り口があり、カフェだかレストランだかのような店があった。入り口からゆったりと距離をとって、受付のような高いテェブルがあり、しわひとつ無い白いテェブル・クロスで覆われていて、その前にクラシックな装いに身を包んだ老ウェイタァがたたずんでいた。その黒いタキシィドがテェブル・クロスによく映えていた。床には上品な赤いじゅうたんが一面に敷き詰められていたと、記憶している。ぼくは脇の下から冷たい汗が滴り落ちるのを感じた。

「じゃあ、お願い」

彼女はそういって入り口の前で立ち止まった。その奥の店内には客用のテェブルが並んでいるのが見えたが、ひとつひとつのテェブルの間がかなりあいていて、さすがに優雅なフロアであった。テェブルは半分も埋まっていなかった。ぼくは予約がなくても席につけるのではないかと、希望を胸にいだいて、店に入り、老ウェイタァに声をかけた。

「あの、2名なのですけど」

「ご予約はございますか」

「いえ特には」

「あいにくなのですが、本日はご予約で満席となっておりまして」

ぼくは打ちひしがれた気分で振り返った。するとそこには、彼女が、まるでトラックにひき殺されたウシガエルの死体を哀れむような目で、ぼくを見つめていた。

 

1:下記URLを参照のこと

    http://tokyoxxxclub.hatenablog.com/entry/2015/08/30/215623

22016A/Wで流行の兆しあり

3500円硬貨にも用いられている