東京てんこ日記

生。社会。すべてが、てんこ。

転落の可能性がどんどんあがっていく

ぼくのような人間には、死ぬほど働かなくては、年収を、順調に、増やすことは難しいだろう。あまり、希望がもてない。
フリーター期間があったりする人間が、多少なりとも人間的な生活を送りながら、かつ、年収を増やしていけるとは、思えない。
そんな人間は、大きい会社に入ることは困難だから、小さな会社を転々としながら、働くことになるが、そのような状態では、労働環境は悪いままだろうし、年収も、順調に増やしていけるとは、思えない。誰よりもがんばって働いて、少しでも出世して、収入を増やしていこうという固い決意でもあるのであれば、おそらく、うまいこと転職したり、お金を稼げるようには、なれると思うが、そのためには、仕事に人生を捧げるつもりで、毎日、夜遅くまで働かなくてはならないだろうし、仕事外での勉強も必要になってくるだろうし、出世の糸口をつかむための付き合いなどもあるだろうから、ぼくが望むような、仕事が人生の全てではないような、人間的な生活を送ることは、難しいだろう。
学校生活や、受験や、就職などのどこかで、一度でも、人生のレールを外れてしまうと、予想される生涯年収が、一瞬で、1億円とか、2億円とか、下がってしまうし、労働環境も、ひどく悪くなってしまう。
もっとも、うまいこと、就職まで、がんばって、大きな会社に入れても、それでも、鬱になったり、辞めてしまった友達も、ぼくには数人いて、会社が大きければ安泰、というものでも、ないらしい。収入や、福利厚生がよくても、1度精神を病んでしまっては、大変なことになる。下手をすると、死ぬまで、元のレールには、戻れないかもしれない。
ぼくが知っている友人全員のうちで、レールを外れてしまった友人の割合を考えると、ぼくにも、精神を壊したり、職を失ったりする確率が、少なからずあると、思われる。というか、実際にもう、職は失ったこともある。
それに、ぼくが社会の底に落ちていく確率は、これから、さらに上がるものと、思われる。
高校の後輩の中に、母親を亡くして、ひどく落ち込んでいた時期に、仕事が忙しく、休むこともできずに、無理をしてしまって、鬱になり、1年間、休職してしまった友人がいる。幸い、会社には戻れたが、もう、同じ部署にはいられなかったらしい。彼は、いろんなことを諦めて、趣味を充実させて、生きていくと、宣言していた。
彼は、会社に戻れたから、まだ恵まれていると、思う。ぼくに同じことが起こったら、もう会社にはいられないかもしれないし、年齢的に、転職の難易度も、高いはずなので、かなり、どうしようもない。そういうことが、ぼくの身に起こる確率が、そんなに低いわけではないことが、恐ろしい。
強い不安を、感じる。ぼくには、なんの保障もない。会社は、金を稼いでくる人員としてしか、ぼくがこれまでのように、働けなくなったら、ぼくのことをどう扱うのか、簡単に想像がつく。それに、再就職の難易度は、一年ごとに、上がり続ける。なのに、年をとって、親は老いて、自分の体は弱くなって、ぼくに不幸がふりかかる確率は、どんどん、あがっていく。なんだか、恐ろしくて、希望のようなものがなくなって、もはや、どうでもよくなるような気がする。田舎にでも引っ込んで、独身、清貧をたもって、犬か猫でも飼いながら暮らすのが、一番、賢い気がする。