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東京ちんこ日記

生。社会。すべてが、ちんこ。

袋小路

仕事が始まるのが憂鬱だ。

いくら休みがあっても満たされない。やってみたいことがたくさんありすぎたということではなく、一日を無為に過ごすという最上の贅沢はいくら楽しんでも楽しみきれないからだ。

もしもぼくの労働時間やストレスなどがまともなものであればこんなにつらい気持ちになることはなかったと思う。もしも残業時間が日に2時間とか3時間ですんで、無茶なノルマを与えられたりしなければ、前向きに仕事を再開できるのではないかと思う。でも決してそんなことはない。

しかし友達の話を聞いていてもぼくの労働環境が格別に悪いわけではないらしい。もっと長時間働いていたりハードルの高い仕事を与えられている友人もいくらでもいる。でも、ぼくは人間は概してもっと弱くて享楽的な存在であると思う(全員がそうであるというのではない)。実際に、ひどい労働に耐えきれずに退職したり鬱になったりする友達を何人も見てきた(自分が働き出すまで鬱がこんなに一般的なものだとは思ってもみなかった)。

1日の所定労働時間が8時間となっているのには理由があるはずで、ぼくも定時を過ぎたあたりから体も脳も精神もきつい(特に30を超えたあたりからそれが顕著だった)。でもそんなことは無視されている会社ばかりのようだ。

企業は全世界を相手にした能力と努力を総動員した競争に勝たなければならないだろうから、そこで働く社員の仕事の量もプレッシャーも際限無く増えていくしかないような気がする。

才能や体力に恵まれた強欲な人種にとってはそれでいいのかもしれないが、そうでない人間にはたまったものではない。

「総合職」ではなく「一般職」を選ぶような、労働量と精神的負担のとめどない上昇を防ぐ選択をできればいいが、そういった選択だと収入が少ないから、ぼくには難しい。結婚などが難しくなりそうに感じている(結婚相手に年収を求める女性が多いようであるし)。

転職という方法もあるが、労働時間が長い中では転職活動は難しいし、かといって会社を辞めたら職歴にブランクがあるという理由で敬遠される可能性が高くなるし、まるで袋小路に迷い込んだような気分だ。

いやそもそも、こんな世の中にまともにつきあっていくという選択そのものが、不合理にすら思えてくる。少なくとも、ぼくみたいにレールに乗り損ねてしまった人間にとってはそうだと思う。