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東京ちんこ倶楽部 〜哀しみのLast dance〜

生。社会。すべてが、ちんこ。

日本人が必死でがんばった結果がこれか

  便利な生活だ。誰でもスマホを持てて、どこにいても世界中の情報を見聞きできるし、道路はきれいで、足元をとられることなく安心して歩けるし、街中にいても、どこにでもすぐご飯が食べられる店があるし、一人暮らしのマンションに帰ったら、風呂とトイレは自由に使えるし、エアコンだってついている。いろいろと出費を我慢すれば、貯金だってできてしまう。
  戦前からの、日本人の絶え間ない努力の成果である。ありがたい。
  ぼくは、もう満足だ。これ以上の生活は、望みようがないとまで、感じてしまう。
  それなのに、なんで毎日働きまくって、体を壊しかけたり、精神的な苦痛を負ったりしなければならないのだろう。
  なぜわざわざ、我とわが身を、長時間労働で苦しめなければならないのだろう。
  どうして、こんなに働いていてまで、会社にしがみついているのだろう。
  ぼくが働いているのには、ふたつの大きな理由があると思っている。
  ひとつは、金が必要だからだ。それも、身の丈に応じた消費の範囲の金だけが必要ならば、まだ問題ないのだけれど、クソ下らない広告やら何やらが、ぼくに、新しい服や本や電子機器を買わせたり、あるいは、街のどこにでもある異様なまでに便利な自動販売機やコンビニが、ぼくに不意の無駄な出費をさせるので、余計に、お金が必要になってしまう。無駄な消費を抑えることは簡単なことのように思えて、かなり難しい。やつらは、ぼくがどんなときにものを買おうとするのか、どんな風に誘いかければお金を落としやすいのかを、よく知っている。ありとあらゆる人間の消費行動を分析しまくっているので、そんなことは朝飯前なのだ。奴らの前では、ぼくはエサが与えられるのを待つ哀れな一匹の豚にすぎないのだ。
  もうひとつは、今の会社をやめてしまっては、次の就職が難航し、ひどい場合には、二度と今のように毎月サラリーをもらって生活することが、できなくなってしまうからである。正社員と非正規雇用というようなことがよく話題になるが、一度、非正規雇用となってしまったら、正社員として雇用されるハードルが、やたらと高くなる。だから長時間労働を拒否して会社をやめてしまうのは、非常に恐ろしい。だいたいは、地獄への一本道になるのではないか。
  そういったわけで、ぼくは、物質的、環境的には大変満足した生活を送りながらも、無駄で苦しい長時間労働をやめることができない。