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東京ちんこ倶楽部 〜哀しみのLast dance〜

生。社会。すべてが、ちんこ。

働けば働くほど仕事が増えるかもしれないという恐れ

  ぼくらの労働は、直接的、あるいは関節的にありとあらゆる技術の進歩に貢献しているのだろうが、最近、技術の進歩は、ぼくらの仕事を増やすためだけにあるような気がしていて、つまり、ぼくらが働けば働くほど、ただひたすらに自分たちの仕事を増やして、自らの首をしめているような感覚に陥る。

  真夏でも暑さを苦にすることなく長時間の労働ができるようになったのはエアコンがオフィスビルに完備されてからだろうし、海外出張が簡単にできるようになったのは飛行機が世界の都市を結んでからだろうし、一日に何往復も取引先との連絡で文章を書かなくてはならなくなったのは、パソコンが普及してからだと思う(その前は郵便等でやり取りしてたのだろう)。栄養ドリンクがどこでも安く手に入るようになってから、連日の長時間労働ができるようになったという人も多いかもしれない。実際に、ぼくが働いているオフィスでは仕事が多いときほどエナジードリンクの類の空き缶がたくさん捨てられている(そして冷蔵庫の中にはそれらが何十本も常備されている)。
  もちろん、仕事があるというのはいいことだろうし、最近では例えばスマホだとかの新しい製品のおかげで今までにない便利さや楽しみを享受できるようになった。
  でも、だからなんなんだと思う。ぼくらの生活が便利になったり楽しくなったりするというメリットよりも、ぼくらの労働時間が長くなり、さらに労働の難易度が上がるというデメリットの方が限りなく大きいように感じられて、やるせない気持ちになる。
  働くことが好きで、体力もあって何時間でも働けて、かつ能力も備えている一部の人にとっては、生きるのはどんどん楽しくなってくるのだろうが、そうでない大多数の人にとっては、ひどくきつく苦しい人生が待ち受けているような気がする。